私がヨガスタジオを手放した本当の理由

私がヨガスタジオを手放した本当の理由

日本人女性として初めてアシュタンガヨガの正式指導者として認められてからおよそ15年、ヨガの指導をしてきました。ですが、さかのぼれば、実は一度も「ヨガインストラクターになりたい」と思ったことはありませんでした。
 
ただ、ヨガが好きだったから。
ただ、ヨガが私のからだと心を変えてくれたから。
ただ、ヨガが私の人生そのものを変えてくれたから。
 
それだけでした。
 
気づけば、誰よりもハードに練習し、
源流を辿るように南インドの総本山に通い、
道場以外の時間も、長時間の瞑想やチャンティングに没頭していました。
 
社交的な時間にはあまり興味がなく、
ただ静かに、深く、ヨガと向き合っていた長年の日々。
 
あまりにも人生がよくなっていくから、
この体験を人に伝えたいと思うようになりました。
最初は本当に細々と、でした。
 
結婚も、妊娠も、離婚も、
病気だった母の介護も、看取りも、
すべてヨガと一緒にありました。
 
インドで癒されながら、
季節ごとに日本初のヨガ専門誌『Yogini(ヨギーニ)』の表紙を飾りながら、
私はヨガと共に生きてきました。
 
ずっと個人事業主だったヨガインストラクター兼モデルの私は、
出産の半年後には最も恐れていた「離婚」を決意することとなり、
同じ月に父のがんが発覚しました。
 
そんな中で始めたのが、スタジオ事業でした。
 
場所は東京・南青山。
初めて内見に行ったとき、ノンワックスの美しいフローリングに「吉川めい」という名前が最初から書いてあったような感覚を、今でも覚えています。
 
自分史上最高額のお金を、店舗物件の敷金として一括で支払ったことは、本当にドキドキしながらの“覚悟の金額”でした。
 
オープン前にはオーストラリアのプロダクションから「ヨガウーマン」というドキュメンタリー映画の出演依頼を受け、まだ始まっていないスタジオで撮影をしたことも。
 
そして2011年3月3日、グランドオープンした「コンセプトスタジオveda(ヴェーダ)」。
HPの解説も間に合わず、SNSもない時代。
ブログの発信だけを頼りに告知をしてクラスを始めました。

 


 そしてオープンから1週間後の3月11日、東日本大震災が起きたのでした。
 
休業、原発事故への不安、交通機関の混乱、続く余震。
 
それでも、「こんな時こそ、呼吸を整えること、心を整えることが必要だ」
そう思えたから、この場所でヨガを伝え続けました。
参加者が一人のときも50人のときも、同じように全力で
全身全霊で私なりのヨガを伝えました。
参加者が0人だった日も、必ずスタジオへ行っていました。
いつ、誰が遅れて来るか、わからないから。

 
実は、スタジオを始めたときから
私は心の中で決めていたことがあります。
 
「最低でも10年はやろう」と。
振り返ってみてはじめてわかるのですが、はじめから「永遠にやろう」と思っていなかったことを物語っていますね。
 
なぜかと言うとスタジオは不動産だし、固定されるという感覚があったのです。
 
私は母であり、
子どもたちと一緒に、家族と一緒に、
選択肢のある自由な人生を生きたかったからです。
 
そしてスタジオオープンから8年目。
再婚した夫を突然の交通事故で亡くしました。
 
人生と仕事と生き続ける意味を
根こそぎ見直す出来事でした。
 
その時、長男は8歳。次男はまだ5ヶ月になったばかり。
産休中だった私の休みは、そのまま長期の忌引きへ。
大きなグリーフ(悲嘆)の気持ちとともに、人生で初めて「専業主婦」として過ごす時間となりました。
 
グリーフは深く、苦しかった。
息を吸うことさえ、からだを1ミリ動かすことさえしんどかった日々が長く続きました。
でも同時に、
これまで自分に許してこなかった
別の豊かさや魅力を見つけ始めることもあったんです。
 
復帰のタイミングもわからないまま、
なんとかやってみた2020年1月の久しぶりのワークショップ。
しかしその直後には、新型コロナウイルスによるパンデミックが始まります。
 
みんなが、呼吸を整えることを、必要としている。
からだを整えることを、必要としている。
心を観ていく術を伝えていかないと、ツールのないまま
みんなが不安や恐れのなかに溺れて、困っている。
私は、このタイミングで迷いなく飛び込むように仕事に復帰したのです。
 
やっていることは同じでも、
やり方はまったく新しかった、オンライン。
 
想像もしていなかった形で、
ヨガもマインドフルネスも、メディテーションも。
そして新たに生まれた書く瞑想MAE Y method™というツールも。
遠くまで、必要な人のもとへ届いていきました。
 
そして同時に私は選択を迫られます。
スタジオとオンライン、両方続けるか。
それとも、振り切るか。
 
たった一人で、長く、深くsoul-searchingをした結果、
スタジオを閉じて、オンラインに全てを移行することを選びました。
 
ひとり親として背負っていた自分の責任を少しでも軽くしたかったし、
人生をシンプルにしたかった。
不動産を手放し、
ヨガもメディテーションも書く瞑想も、もっと自由に届けていくことを選びました。
 
そして何より、
自分と、二人の息子を自由にするためでした。
 
長男は長い通学時間を毎日重ねていましたが、
スタジオを手放したことで、
学校の近くへ引っ越すことができました。
 
スタジオを嫌いになったことは、一度もありません。
今でも恋しくなることが、時々あります。
 
ですが、正直に言えば、時に自分がすり減っていきそうに感じる時期もありました。
昔から、人に甘えず全ての責任を一人で抱えがちな私にとって、時々スタジオに対しても愛を見失いそうになることもありました。そんな時こそ「スタジオは悪くない!」と思うほど、ずっとずっとかけがえのない場所だったのです。
 
誰よりも確かに、あの場所と、あの場所に集まる人々の心を守理、安心の場を作ってきました。母熊が我が子を守るように。
 
でも、私がすべてを回す立場にいた以上、
そこは完全に「私が守られる場所」にはなりえなかったんです。
どんなに愛おしい、素敵に輝く癒しの場であっても。
 
だからこそ、学びました。
 
自分をすり減らして与えるヨガは、続かない。
自分をすり減らして与える愛も、続きません。
まず自分自身が満たされていなければ、
本当の意味で与えることはできないのです。
 
私がスタジオを辞めた本当の理由をひと言でいうのならば:
潮時だったのです。
 
スタジオは、私の人生の巨大な一部でした。
でも、すべてではありませんでした。
 
ヨガを生きるということは、
常にアラインメント(整合性)に正直でいること。
それは、考えと・言葉と・行動の整合性であり、ズレや違和感のない生き方そのもの。
 
ズレに気づいたら、
原点に戻って問い直すこと。
それも絶対、ヨガのうちです。


気がついたらヨガインストラクターとして生きていた私から今、ヨガインストラクターとして生きている方へ。
あなたのヨガは、
今、あなたの人生のどこにありますか。
ズレや違和感を感じたままに生きてしまっていませんか?
あなた自身の生き方のアラインメントが取れていたら、
きっと絶対、everywhere.
すべてに、あなたのヨガが生きていると感じられるはずだと思うのです。




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2013年、スタジオ時代から続いているロングラン集中講座は、ヨガを「するもの」だけではなく「生きるもの」として捉えなおし、実践的に落とし込んでいきます。2026年は、1月16日からスタートします。

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マットの上だけで終わらないヨガ。
人生の選択に息づくヨガ。
 
ズレに気づいた今が、
戻るときです。

 

吉川めい

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