2025年10月25日。
北アイオワ大学の主催するTEDxイベントで
登壇させていただきました。
英語の本編は、
TEDxオフィシャルYouTubeでご覧ください。
以下、TEDxで語った、内なる目覚めの物語。
『気づき 〜選択が変わり、人生が動き出す瞬間〜』
と題したスピーチ全文の日本語訳でお届けします。
吉川めい
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今の時代において、最も深刻な貧困問題は「お金」ではありません。
それは、“意識の通貨”とも言える「注意力(私たちの意識が向かう先)」を失ってしまっていることではないでしょうか。
私たちは、「存在」よりも「成果」を、
「人」よりも「生産性」を、
「深さ」よりも「スピード」を選んできました。
だからこそ、心の奥では、「真実」「意味」、
そして「本物のつながり」を
渇望しているのではないでしょうか。
あなたもその“切ないもがき”を感じることはありますか?
私は、人に囲まれていながら、深い孤独と喪失感を感じることがあります。
でももし「本物のつながりへの鍵」が、
“外へ探しに行くもの”ではなく、すでにあなたの中に隠れていたとしたらどうでしょう?
つながりは、誰かや何かに向かって手を伸ばすことではなく、内側へと、そっと焦点を当てにいくことから始まるのかもしれません。
私は、日本の「気づき(kizuki)」
というコンセプトが、人と人とが本来のつながりを
思い出す鍵を握っていると考えます。
まずは、自分自身とつながること。
そして、そこから他者とつながること。
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私は「気づき(kizuki)」の定義を次のように考えています。
/kiˈzuːki/ 日本語:気づき
1. 「ハッ」と気づく、意識の広がりの瞬間。
これまで認知できていなかった真実へ開かれるような、内なる目覚め。
2. また、それは段階的に進むこともある。
徐々に自分の視野や理解が広がっていくプロセスでもある。ただ、一度気づいたことは、気づかなかったことにできない、後退することのない、意識の広がりを指す。
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日本語で「気づき」とは、
“気(エネルギーや意識)”を“づく”と書きます。
つまり、見過ごしていたものに意識の光を当てるということ。
この「気づき」こそが、
私たちを自分自身のうちの見失われたパーツとつなぎ直してくれるのです。
そして、自分にとっての気づきを誰かと共有したとき、そこに「共鳴」が生まれることがあります。
その共鳴は、自分自身とのつながりを深めるだけでなく、人はみな同じ。
本当はすでにつながっている存在なのだということを、互いに思い出させてくれます。
私にとって、「気づき」とは、普遍的なものです。
けれど、文化によってその受け止め方が
まったく異なることも、とても興味深いと感じています。
私は日本で生まれ育ちましたが、
こんなふうに聞かれることがあります。
「気づいたからといって、だから、何? その後、何があると言うのですか?」
というのも、日本では文化的に「個人の選択」があまり重視されていないですね。
「和を保つ」ことが優先されることから、“自分”という存在が、“全体”の中で薄まってしまうことがあります。
一方で、欧米や、特に個人主義の強い文化では、
「選ぶこと」が自分らしさの表現であり、前提にあります。
そのため、選択の“前”にある「気づき」その、内側での目覚めの瞬間は、脚光を浴びることなく見落とされがちです。
でも、実は、そこが大事なのです。
「気づき」は教えてくれます。
選択や行動の前に、私たちの内側に“ある種の明晰さ”が生まれている。そして、その明晰さこそが、本質的な変化の起点なのだと。
今日は、私がそんなことを身をもって
学ぶことになった実話をシェアしたいと思います。
私は東京の郊外で、
4人兄妹の末っ子として育ちました。
母は日本人とアメリカ人のハーフでした。
父との離婚後、数年経つと、母の状態に妙な症状が現れ始めました。
ある朝、封筒に切手を貼ることができなくなりました。その翌週には、水を飲もうとコップに手を伸ばしても、完全にコップを掴み損ねてしまうようになりました。
当時、母はまだ47歳。
私は17歳でした。
それは、私の人生の中で
最も過酷な時期のひとつでした。
あまりにも症状が珍しく、脳神経学的にも
非常にまれなケースだったため、
診断がおりるまでにおよそ2年間、
9つの病院をたらい回しにされました。
ようやく診断が下されたとき、
母は別室に案内され、医師は私と兄姉、
叔母にこう伝えました。
「私たちもこのような事例を見たことがなくて、はっきりと断定することは難しいのですが…カルテには“若年性 非典型アルツハイマー型認知症”と書きましょう。そうすることで、この薬を開始することができます。」
薬を使えば、およそ2年間ほどは病気の進行を遅らせることができる。
しかし、統計的に見ると、母の余命はどんなに長くても10年だろうと、話しました。
私は、どうしても頭がついていかず、
外側の世界は動き続けているのに、心の中はたった一言で、完全に止まってしまいました。
「どうして?(Why?)」
どうしてママが?
どうして私にこんなことが?
どうして今、どうしてこの病気?
20歳の頃の私は、深い鬱状態で不眠に
悩んでしまうほど、“どうして?”
の渦に飲み込まれていきました。
その「Why?」のループは、
私を壊していきました。
医師には、抗うつ薬や睡眠薬を処方されましたが、
私は、どうしても飲む気になれませんでした。
そんなある日、どん底の私が、何かに救いを
求めるように出会ったのが、ヨガでした。
そしてヨガを通して、瞑想に出会いました。
そこから3年。
毎日のヨガと瞑想の実践で、
少しずつ、少しずつ、心に余白が生まれていきました。
そして、気づいたのです。
私を病ませていたのは、「どうして?」という、“問い”そのものだったと。
私は、答えのない問いを繰り返していただけでなく、たとえ答えが手に入ったとしても、何も変わらない…母の病状は何も変わらない問いを抱き続けていたのです。
つまり、「どうして?」という問いは、完全に“的外れ”だったのです。
そのことに気づいたとき。それは、私の人生を大きく変えた気づき(kizuki)でした。
もう元には戻れない。
忘れることのできない、真実を射抜いた気づきでした。
それからというものの、
心のうちで別の問いを投げかけるようになりました。
「なぜ、母じゃないといけなかったのか?」
ではなく、「なぜ、私の母ではいけないのか?」
もし母が47歳ではなくて、97歳だったら、納得できたのか?
このことが、遠い国の誰かに起こった、他の人のお母さんの話だったら、許せたのか?
そう自分に問いかけたとき、私ははじめて、自分の無知と、無意識の傲慢さを思い知らされました。
そしてやがて、こう理解するようになります。
「気づき」とは、
このような“思い込みの確かさ”を柔らかくほどき、
視野の狭さを緩めてくれるものだと。
固定された世界の見方を溶かし、
新しい視点の扉を開いてくれる。
「気づき」こそが、その広がりへの入り口ではないかと。
次第に私は、この、何も自分のためになっていなかった「どうして?」という問いを、心のうちで手放すことができたのです。
その時はまだ、私の中で何が起ころうとしていたのか、自覚さえ持てていなかったけど…
今振り返ると、その気づきがあったおかげで、「どうして?」のループを超えた、新たな選択が可能になったことが本当の自分とつながり直す最初の一歩だったのだと思います。
「こうあるはずだった」を手放せなかった、
“思い込みの中の私”ではなく、“本当のわたし”とつながること。
そしてその後、そこから本当の意味で
他者ともつながる道が、拓かれていったのです。
それからおよそ10年がたった頃。
私は、東京の南青山で、ヨガとウェルネスのスタジオを営んでいました。
その日は母の日。
クラスの後、ある一人の女性が私にカードをくださいました。
「めい先生、母の日おめでとうございます。いつもありがとうございます。これ、書いてきました。」
その夜、私はカードを読みました。
彼女はこう綴りました。
・
「先生が、お母様のご病気のことをシェアしてくださって、そこからヨガや瞑想を始められたこと、インドで何年も学ばれたこと… すごく印象に残っています。
私は先生に感謝しています。でも、感謝しているのは、先生だけじゃないんです。
先生のお母様、そしてそのご病気にさえも、感謝しています。
もしお母様が病気になっていなかったら、
先生はヨガを始めていなかったかもしれない。
先生がヨガを始めていなかったら、
このスタジオを開いていなかったかもしれない。
そしてもし、このスタジオがなかったら、
私は変われていなかったと思うんです。
今の自分はいないと思うんです。
私がこれほどまで変われたからこそ、今、
私の子どもや家族にも大きく影響を与えてくれています。」
・
その瞬間、
私は、昔手放した、あの問いの答えを初めて
受け取ったように感じました。
言葉としてだけでなく、自分でも気づいていなかった「影響の波紋」として。
そのとき私は、ああ、これが「共鳴」なのだと、はじめて腑に落ちました。人と人との間に走る、真実の振動。
そして、自分を超えた、もっともっと大きな何かが
動いていることに気づき始めました。
私の「気づき」が、自分ひとりの中で終わらなかったこと。
それは、母の死によって終わったことでもなく、
年月とともに薄れることもありませんでした。
「気づき」は、生き続けていた。
広がり続けていたのです。
それは、気づきを「自分を変える力」に変えていったからではないかと思います。
そこから、新しい選択が生まれ、新しい行動が始まったこと。
その波紋は友人たちに、そして、私を取り巻くコミュニティ全体へと広がっていったのです。
すべては「内なる気づき」から始まります。
ふとしたことに気づくこと。
そこから新たな選択が生まれること。
そしてその選択を、自分のものとして生きるとき
今度は、あなたの在り方が、そっと誰かの中に火を灯すことになる。
まるで、「気づき」が静かに伝染していくかのように。
この話を聴きながら、
もしかしたらあなたの中にも、人生を変えた「気づき」の瞬間がよみがえってきているかもしれません。
だから、ここでひとつ、提案をさせてください。
よかったらみなさんに、
あなたの人生を形づくった「気づき」を3つ、
思い出してみていただきたいのです。
その中から、ひとつだけ選んで
その「気づきのストーリー」を誰かに話してみてください。
もしかすると、それはパートナーや親友さえも知らない、あなたの中の気づきの瞬間かもしれません。
または、出来事そのものは知られていても、そのときにあなたの中で起こった「内なる変化」や「新しい選択」までは、伝えていなかったのかもしれません。
あるいは、あまり親しくない誰かに話す方が、気が楽かもしれません。
あなたの「気づきのストーリー」を語ることは
ただの振り返りではありません。
それは、他者の中に「内省」を呼び起こす力のあるものです。
目覚めた意識は、そうやって人から人へと伝わり、
どこかで誰かを救うことがあります。
なぜなら、気づきを共有するということは、
ただ「つながりを生む」だけではなく、
あなた自身が、「つながりそのもの」となる、
そんな、生きた瞬間だからです。
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人生を動かす気づきは、
いつも日常の中から始まる
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