たったひとつのスピーチに託した、私の人生の問い

たったひとつのスピーチに託した、私の人生の問い

私の人生は、私に、いったい何を伝えてくれてきたのだろう?

そのレッスンを、たった一つのアイディアにまとめ、世界なかの人たちに役立ててもらえるとしたら?

人生は、後になってみないと「章」も「区切り」も見えてきません。
ただ時間が流れ、そのなかで生き続けている私たち。
そんななかで、TEDxに登壇する機会をいただいたことで、
はじめてひとつのステージに向けて、このような大きな問いと真正面から向かい合うことになりました。

私にとってTEDxは、スピーカーになりたかったから選んだ場所ではありません。
むしろその逆で、たくさん語れることではなく、
「ひとつに絞り、削ぎ落とす」というチャレンジを、人生レベルで自分に仕向けてみたかった。

そして、いつか一度は、自分から湧き出るメッセージを、
日本を越えて、英語で、世界に届ける挑戦をしてみたかったのです。

「私の人生は、何を形づくってきたのか?」
その問いのなかで私が行き着いたのは、日本語の「気づき(kizuki)」という言葉。
普段の自分が主宰するプログラムや、コミュニティのなかではしょっちゅう浮かび上がる言葉です。

それは、特別な悟りではなく、日常にあるもの。
けれど、人生を静かに、確実に動かす力は、ここにあると私は感じています。

意識がふと目を覚ます瞬間。
その小さな“気づきという名の開き”が、新たな選択を可能にし、人生の流れを変えていくこと。
それは、悲しみや喪失、暗闇のなかで何度も私自身の人生に兆しを与えてきただけでなく、何百、何千もの生徒さんのなかでも目撃し続けてきた力です。

日本では当たり前のように使われる「気づき」。
英語には、似たような言葉はあっても、少しニュアンスが違うように思いました。
言葉は、モノやアイディアに名前を与えるもの。
だからこそ、名前のなかったところに新しいワードを紹介することは、
そこに向けた意識を高める方法であり、それを知覚していくために大切な価値があると考えました。

新しい言葉を紹介することで、
自分の人生がどのような気づきの瞬間に彩られてきたかを語るような、
文化や国境を越えた対話を始めたかった。
なぜなら、気づくことは、普遍的な体験であり、誰にでもあることだから。
その共通の感覚に光を当てるようなスピーチを、
私の心とからだ、全身全細胞で届けたかったのです。

スピーチを終えたあと、
「心に響いた」と会場で声をかけてくれたのは、
インド人、パキスタン人、ブラジル人、ロシア人、アメリカ人など。
年齢も、16歳の高校生の女の子から、杖をついたおばあちゃんまでと、文字通り老若男女でした。

そして、ほとんどの観客が会場を後にし、ホールが静まり返ったあと。
最後に私のもとに来てくれたのは、会場にいた唯一の日本人の私でした。

北アイオワ大学を卒業後、ずっと大学で務め、25年以上この地に住んでいると話した彼は、わずかに目を潤わせ、そっと震えるような声で、「同じ日本人であることを誇りに思いました」と伝えてくれました。

スピーチは、私一人のためではない。
私を通して伝えられる、受け取ってくださるすべての人のためのギフトであるように。
そんな気持ちで届けたもの。

目には見えないその意味、その響きが、
静かな感動と共鳴となり、
連鎖していく。

人と人が、そうやって「気づき」が指し示す確かな意識を通して
つながっていくという確信が、深く心に残りました。

気づきは、なくならないもの。
日常に響き渡る、波紋となって
残るもの。

互いに、
そして次の世代へと
最も大切なことを胸に
気づきを生かし、伝えていけますように。

あなたは、
自分の人生のなかの、どんな「気づきの瞬間」を覚えていますか。
そしてそれを、誰に伝えたいと思いますか?


吉川めい



「気づき」を、日常に。

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